皆さんが通常、目にしている建築現場。日本の場合、住宅規模では木材を使って建てられる家がまだまだ多いと思われます。しかし、同じように木を使って作っても、私達が造りたい、そして次世代に残したい木の家と違う場合がその多くを占めているのではないでしょうか。
現代まで千年、千何百年と当り前に木を使い、当り前に自然の物を使って、その道の職人がすまいをつくってきました。しかし、現代では、無農薬野菜を作る(食べる)為に苦労をしたり、自然素材が手に入りにくかったり・・・、本末転倒と言わんばかりの事が平気に起きています。
暑い夏は嫌いですか?寒い冬は嫌いですか? しかし、暑い夏があるからキーンと冷やしたビールが美味しいのです。 体の芯までしばれるような寒さがあるから、仕事上がりの熱燗が身にしみて、熱々のお鍋や家族の温もりが恋しくなるのです。
様々な物を、見た目で判断していませんか?見栄えさえ良ければ、それで良いのですか?安心できますか?人が見かけだけで判断できないように、木の家も見か けだけで判断するのが難しくなってきました。
品質の均一化の波に押されて、木の事を考えないような人工乾燥が行われています。機械は、木の癖や目を読めませんから、人が機械を扱わなければならないは ずです。それが機械任せにしてしまったが為に、木のしょうや粘りも抜けてしまっては、素材本来の持味を引き出せなくなってしまいます。
リサイクルという言葉を知らない昔の人のほうが、よっぽどエコロジーな生活をしていた気がします。古民家再生という言葉を知らなくても、当り前の事だよ、と言わんばかりに再生・移築・転用がされてきました。古い民家を解体すると、梁が、柱が、私達に語りかけてきます。
世の中、情報が氾濫しすぎていて、私達自信も「伝統構法ってそもそも何?」ということを考え、議論しております。そこで、私達が考える、伝統構法とはこういうものであって欲しいという想いの一部をお話しすることにしましょう。
私たちがつくる住まいは、材料も一つ一つ目で見て触って、材料その物と使い方を相談しながら決めていきます。その為、「お隣さんの方が後から建て始めたのにうちはまだかしら?」ということも珍しい事ではありません。
近頃めっきり大黒柱の存在をお忘れではないでしょうか? 家の中の大黒柱は、家そのものを支える大切な構造材として、その家の象徴としてそこに住まう家族に敬われていました。大黒柱は、朝夕と磨き大切にされていました。そのように、手を掛けることによって、自然と愛着も深まっていったのではないでしょうか。
日本の文化は曖昧(アイマイ)。日本の家も意外と曖昧(アイマイ)でした。 特に濡れ縁は、部屋をつなぐ廊下という役割の他にも、夏は涼台として、冬は仕事場として、近所の人が来たときには、一寸した交流の場として、曖昧に、しかし機能的にその役割を果してきました。
日本の住宅平均寿命が30年前後と言われる今日ですが、元来日本の住まいの寿命はそんなに短いものではありませんでした。 住まいばかりではありません、着物や箪笥、その他の道具など祖父母から受継がれる物が沢山ありました。また、物ばかりでもなく、知恵や工夫も一緒に受継がれてきたのでした。
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